大テーブルのビジネスマンたちは、空の残光が消える頃、タエさんのところで会計を済ませた。帰り際、その中のひとりがアッちゃんに話しかけてきた。
「あれ、MBAの才女が、こんなところで」
「こんなところで悪かったな」アッちゃんが身体を固め、顔を下げて小さくつぶやく。 最上俊之は、アメリカ東海岸のビジネススクールで同期だった。
シュウトくんが、小さく声を出す。
「アッちゃんさん、MBAホルダーなんだ」
「いま、どんな仕事なの? 敦子さんならガチでご活躍でしょう。たまにはボストンのリユニオン (同窓会)にも顔を出してくださいよ」
最上さんは名刺を配りはじめる。わたくし、ゴールド&レイノのエグゼクティブ・ファンドマネー ジャー、サイジョウと申します。
〈Patina〉の常連は、SNSアカウントの交換はしていても、名刺まで渡し合ったことがない。
Keiさんだけが、反射的に胸ポケットからカード入れを出した。ネイビーは、カウンターの傍らに置いてあった健司さんのURLカードを、無造作に渡す。最上さんは、他人の名前や肩書には興味がないらしい。さっと一瞥して、手裏剣のように自分の名刺を配る。
そこへ、ひとり。アッちゃんのとなりの空席に、白髪の男がひょいとすべり込んできた。
「ぶは。こわいオッチャンが来た!」アッちゃんがうれしそうに声をあげる。
おお、お嬢、変わってへんな。よお、クマゴロウ、スマホ替えたんか。 ハッカーもおるな。
双子は本日、ひとりっ子か。ジョンは休みか?
「オッチャン、彼はジョージだよ」
「だいたい合ってるやん」