【前回の記事を読む】「もうすぐ死ぬ」と思いながら、車いすのオカンと病院を散歩した。オカンは壁の風景写真を見て「ここ行ってみたいな」と笑った
第1章
僕は窓から差し込む優しいヒノヒカリを目掛けて駆け抜けた。ふ、と気づくと、さっきまでフルテンションで奇声を発していたオカンが黙っていた。
何故だかわからないが猛スピードであったはずなのに、自分の周りがスローモーションになった気がした。猛スピードの中、時間がゆっくりと流れている感覚。世間でよく言われている死ぬ瞬間周りがスローモーションになる感じ。車椅子を押している僕からは、オカンの表情が見えない。
―僕たちは死ぬのだろうか?
無限たる不安に駆られた僕は、肩の少し上でユラユラ踊っている髪の毛を経由して、オカンの顔を覗き込んだ。僕に気づいたオカンは、振り向いて、全身のしわというしわを顔面に集中させたような、しわくちゃな優しい笑顔を僕に見せた。僕にとってその刹那は、優しくて甘い安堵の永久そのものだった。
駆け抜ける猛スピードの中。オカンは優しく静かに微笑んでくれた。この時、オカンは何を考えていたのだろう。オカンは余命を宣告されている。死を待っている。迫り来る命が終わる日。世界から自己存在が消え失せる日。
東尋坊の屏風岩の先端に兵隊が如く一列に並ばされて、定刻になれば背中をポンと押されて順番に海に突き落とされていく流れ作業の中、自分の順番を待っているイメージか。そのイメージが頭の中を占拠して沈黙していたのか。
僕らを繋いでいる命の緒をカッチカチに固結びしていたはずなのに、知らぬ間に緩んでいて、いつの間にか解けそうで、オカンがいつでもどこか遠くの暗闇へ行ってしまいそうな気分になる。オカンは何を考えていたのだろう。
軽微で甚大な失望を繰り返しながら車椅子を押し続けていると、気がつけば僕らは正面ドン突きの窓の近くまできていた。窓から差し込むヒノヒカリが僕の頬を撫でて、温かくて眠くなる。
自分の人生が、もうどうでもよくなる。オカンの人生についても有耶無耶となる。
このまま窓ガラスに車椅子のオカンごと突っ込んでやろうか。
そしたら一体どうなるだろう。楽になれるか。こせこせした苦しみから解脱できるか。