【前回の記事を読む】「お前が治癒する可能性は無い。だから諦めてとっとと一般病棟から出ていけ」現代医療から切捨てられた、末期がんのオカン。

第1章

オカンが入院していた病棟のフロアは、ロの字型の構造で設計されており、ナースステーションから対極に位置する病室にオカンは入院していた。入院直後、オカンの体力は急激に落ちはじめ、もはや自分の足で歩く事さえできなくなっていた。

散歩が大好きだったオカンに病院から外出禁止令が出た頃、このロの字コースを僕が車椅子を押して二人でよく院内散歩をした。病室を出てナースステーションを目指し、そこで転回して再び病室を目指し、ロの字を一周して病室へ帰ってくるというコース。

散歩していると、オカンと同じ末期がん患者と出会う。僕は車椅子を一旦停止。オカンは満面の笑みと白い歯を装備して楽しそうに挨拶する。自分と同じ境遇の人間がこの世にいるのだ、闘っているのは自分独りじゃないんだ、と共同体意識を噛み締めながら、体内に染み込ませているように見えた。

ここの入院患者たちはお互いの葛藤を交換することはない。いちいちそれを交換していたならば、目まぐるしくてたちまちこの場所が生きづらい場所となってしまうから。彼女たちにそんな時間は無い。お互いの想像力でそれを補完し合いながら、この場所はなんとなく成立している。

ロの字コースを散歩していると、赤・黄色・ピンクなどの色とりどりの草花の写真や、世界の壮大な風景写真などが壁に飾られている。その写真は、日替わりで看護師が差し替えてくれる。患者たちが入院ライフを少しでも楽しめるようにと、この病院が考えたケアサービスの一環だ。

オカンと僕は、散歩の途中に立ち止まって写真を見て「キレイやね」「こんな景色の場所に行ってみたいね」と感想を言い合ったりした。オカンはその写真を見ながら病院内を散歩するのが大好きであった。