3 立ちにけり
高校を卒業してからは、地元でフリーターをしていた。
ある程度の金を貯めて、清水の舞台から飛び降りるつもりで上京した。
劇的な何かがあったわけではなく、劇的な何かを求めて、何者かになりたくて飛び出した。
あのときは行動力が自慢だった。
貯めたお金で混合水栓の安アパートを借りて、派遣の事務員として雇ってもらえた。時給は千三百円。地元のコンビニのバイト夜勤より高いと飛びついたけれど、東京ではかなり安い時給だということを知った。スキルも何も身に付かず、定時に退勤したあとは、近くのスーパーで買ったいつもの弁当を食べて、SNSを見て寝るだけ。
何一つとして誇れるものはなかった。
それでも慣れてしまえばぬるま湯の中は生きやすい。
そのまま働き続けて一年半、二十歳になった。
「茜空、千切れる雲と、切れ毛かな……」
六畳半の部屋の窓の外を見て呟いた。
「どちらも一筋、部屋に落ちる……」
今日もワンコインの弁当を食べながら、テレビのリモコンのスイッチを押す。
何度かチャンネルを押してパッとするものがないと分かると、よく職場で話題になる生放送の音楽番組のところで手を止めた。
「CMのあとは音ステ初出演、キケロストアーズの生ライブ!」
ちょうどコマーシャルに入るところだったらしい。最近よく見る若手女優が手を振ったところで画面が切り替わった。
手元のスマートフォンを操作しながら食べ進める。今日もワンコインにふさわしい味。
SNSに思いついた短歌を投稿しているうちに、テレビから激しいギターの音が聞こえて視線をやった。
ライトで照らされるステージの上には八人の男の子。
いや、男の子という歳ではないだろう。私と同じくらいか、少し上? 彼らを照らし出すための白い照明が、輝きの中に正体を隠す。
──あ、思ったより。
激しいバックサウンドに、身体能力の高そうな動きをする七人。真ん中でスタンドマイクを構える一人が、歌い出した。
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