「行きましょう!」

駆け出した。

その声にネットで何度も言葉を交わした人が実在しているのだと実感した。しかもその人は、テレビで見たあの人だったのだと──。

走り出しは軽快だった。彼と走り去った場所が全てぼやけた背景になる。

通り過ぎる人たちが全てモブになる。

私のピントが彼にしか合わない。

なんて画面映えする男だ。

一瞬これから何が起こるのか混乱して──すぐにそれは、後ろから見える彼の楽しそうな笑みで溶けていった。

「本当に嬉しい」

彼は弾んだ声でそう言った。

そんないい声で呼んでもらえたのなら、アカウント名をもっと可愛くすればよかった。

「染め衛門さん。ファンでした。会いたかった!」

形のよい目を細めてそう言った。

そんな顔で見つめてもらえるのなら、もっと綺麗な靴を履いてくればよかった。

物語の始まりのようなワンシーンなのに、主人公の名前のせいで台無しだ。

しょうがない、シンデレラだって綺麗な響きだが意味は灰かぶりだ。

「ああ──きみが女の子だったんなら、どうせなら花束でも持ってくればよかった!」

台無しのスタートダッシュでも、走り出したからには形無しとするには惜しい。次のページが見えなくても、とにかく手を引かれて進むしかなかった。