【前回の記事を読む】【フォロワーとの邂逅】「あの」突然SNSのアカウント名で呼ばれて思わず振り返る。声の主は、どこかで見た覚えのある顔だったが…?【小説】
2 我が名はまだき
続く言葉は少し選んだ。
「六月の富士山の雪程度に」
途端彼の目元が綻んだ。どうやら私の言葉がお気に召したらしい。
「……やっぱり染め衛門さん、最高です」
「そりゃ……どうも」
眩しい笑顔だったから思わず彼の足元を見て返事をしてしまった。
ちらっと見ただけでも分かるくらいのイケメンだ。
厚底のソールが特徴的な、見たことのないロゴのスニーカーを履いている。目の前に立つ私の靴は汚れていて居心地が悪い。
「染めさんとそちらの方〜、お店入りますか?」
俯いていると、私たちの向かい合う後ろの方から、オフ会の主催者に声を掛けられた。
桜色の唇が、あっ、と開いて丸い形になる。よく通る声だ。
「あっ僕は帰ります〜! 染め衛門さんも帰るそうです!」
私が返事をする前に、目の前にいる歌仙敷さん──そう呼んでいいのか分からないけれど──が返事をした。
思わぬ返事に、えっ、と驚いて長身の彼を見上げた。帽子とマスクのせいで表情が分かりづらい。
逡巡して──見上げた彼の双眸。
何も言わないがその柔らかな視線は雄弁だった。
すみません、と私が主催者に会釈をすると、主催者は訝しがるように歩み寄ってきた。
「染めさん、大丈夫? その男の人」
「え、あ、はい」
バレちゃいけない。
歌仙敷さんは帽子を目深に被り直す。
「ちょっとその男の人、参加者……なんだよね? 顔を……」
覗き込むように見て、歌仙敷さんと目を合わせた主催者はその目を見開いた。
「え、あ、テレビ…………」
あからさまな驚きを目に浮かべて困惑を漏らす口に、しまった、と私の方が顔を顰めた。
──その途端、歌仙敷さんが私の腕を掴んだ。