1恋すてふ
舞踏会から逃げ出したシンデレラは、きっとあの夜の思い出だけで、生きていけると思っていたに違いない。たった一夜。
それが千夜続いた苦悩を消し、千一回度目の朝日に涙を流させるほど女を変えることもある。
「こんな夜を知ったら、離れるのが辛くなっちゃう」
シンデレラは舞踏会をよくもまあ逃げ出せた。──それは女の矜持だったのだろうか。
「離れなきゃいいじゃん」
私の髪を撫でながら彼は言った。
「離れないでよ」
その声はテレビで聞く声と同じなのに、耳元で聞く声は随分と甘い響きを持っていた。
「俺はずっと一緒にいたいのに」
私だって、と思う。思っても口に出せない。あまりに立場が違いすぎて。その言葉を信用していないわけじゃないのに、あまりにも未来が不確かすぎて。何も言わないでいる私に、言ってよ、と彼は言った。
「言って、言葉にして。目に見えないものが信じられないなら、書いて残して」
撫でる私の髪を一房取って、そこに唇を落とした。手間も時間も金もかけられていない私の髪に、美しいミルクティー色の髪をした彼が、どんぐり色の目を細めて触れる。あまりに優しい触れ方で、その指先に愛が乗っていると思ってしまう。