【前回の記事を読む】歌に踊りに一生懸命で、美しい。磨き上げられた宝石のようなルックスで、髪の毛は綺麗なミルクティー色をしていた

3 立ちにけり

「そ、そんなにこの子たちお好きなんですね」

「うん。デビューのときからずっと好き」

返事はすぐだった。すぐにそう答えられる躊躇(ちゅうちょ)のなさが、どこか眩しい。

それから先輩は引っかかったように首を傾げた。

「……いや、この子、って言うけど、キケロみんな二十五前後で志乃葉(しのは)さんより年上よ?」

画面の中の人物の年齢など聞いたところで、実際に話すことがあるわけでもないだろう。敬語で話すかタメ語で話すかなんて、この先悩む場面があるわけもない。

お茶を飲んで給湯室を出ようとすると、先輩が私に言った。

「推しがいると、彼も頑張ってるし私も頑張ろうとか励みになるよ。こんなことしてるかな、とか想像すると楽しいし。毎日推しのこと考えてると潤うよ」

歯切れ悪く唸った私に、先輩は続ける。

「なんか推してるのないの?」

自分には関係のない人間や実態のないキャラクターにそこまで自分を預ける理由が分からない。

なんてここまで話してくれた先輩に言うこともない。曖昧に適当に返事をする。

いるかいないか? 求めてすらいない。

それは自分一人で生きてけるとご立派な克己心(こっきしん)があるわけではなくて、寄りかかった木が折れることへの猜疑心(さいぎしん)だ。

どうせ推しだなんだ言って自分を消費するなら、触れられる範囲で、そして愛をあげたら返してもらえるようなそういう相手の方がいい。

施しができるのは貴族だけで、私はせっせと慎ましく暮らす庶民なのだから。