【前回の記事を読む】彼と走り去った場所が全てぼやけた背景になる。通り過ぎる人たちが全てモブになる。私のピントが彼にしか合わない【小説】
3 立ちにけり
それはありふれた歌い出しだった。なのに耳を惹かれた。ありふれた歌詞をなぞるその声が、ありふれないものだったから。
──思ったよりも好きかも。
そのボーカルは、綺麗なミルクティー色の髪の毛をしていた。維持するだけでも相当にお金がかかりそうだと思ってしまうのは、自分の傷(いた)んだ髪が気になるせいだろうか。
派手な舞台衣装に負けない、磨き上げられた宝石のようなルックス。瞳は落ちたばかりのどんぐりのような色。
こういうのが今の流行りなのだろう。歌詞はパッとしなかったが、だからこそ彼の声の美しさが際立っていた。照明に艶めく唇。
ダンスしているときの動きってどうして格好良くみえるんだろうか。跳ねたり回ったり。言葉にすれば、歌も踊りも子供の遊びと一緒に思えるのに。
でも、歌に踊りに一生懸命で──美しくて。
そうして周囲に愛でられる。
現代の貴族だなあ。皮肉を言いたくなる。
少なくとも、夕食は五百円以内とか決まっていなさそうだな、なんて思いながら小さな肉の切れ端を口に入れた。
「キケロストアーズの皆さんでした! 続いては──」
歌い終わると、舞台上でメンバーが身を寄せて貴族らしく手を振った。歌っていた彼の唇が一番艶のよい桜色で、私より綺麗だなと思わず唇をなぞった。
キケロストアーズ。食べ終わる頃には、その曲をプレイリストに入れていた。
*
「志乃葉(しのは)さん、昨日の音ステ見た?」
給湯室に行くと、のんびりお菓子を食べていた先輩からやはりその話題が出た。
「途中からですが、見ましたよ」
そう言うと、こちらに身を傾けてきた。どこから見た、と聞いてくる顔は真剣だ。