【前回の記事を読む】高度経済成長で人手不足だった1950年代は中卒就職者が「金の卵」として引っ張りだこだった

シン

私は時間があると鮮魚店で仕事をしている従業員の人たちの周りをウロウロしたり、父ハルの近くでよく時間を潰していた。

その日学校が早く終わった私は、父は不在だったがいつものように鮮魚店でフラフラしていると、気が向いたのか叔父シンが私を喫茶店に連れていってくれた。

その日私は生まれて初めて喫茶店というところに行った。高い天井から薄明りのシャンデリアが吊り下げられ、ステンドグラスの張り詰めた窓からは太陽の光が差し込みお洒落な雰囲気の喫茶店だった。

私は口をポカ~ンと開けたままステンドグラスの美しさに見惚れていた。音楽は一度も聞いたことのないジャズが流れ、小学生の私にはすべてが初めての空間で緊張していた。

いつもなら家のテレビでピンクレディーの歌を聞き、姉サエと一緒にペッパー警部を踊っている時間だ。なんだか少し大人になったような気がして喜んでもいた。

「ルリ子、好きなケーキとジュースを注文してもいいよ」とシンに言われた私は、ワクワクしながら注文を選ぶと嬉しくてどうでもいいことをペラペラよくしゃべった。

叔母カコの夫である叔父に連れていってもらった乗馬クラブのこと、叔父が猟犬を飼っていてトライアルという猟友会の大会に一緒に行ったこと、私も大人になったら猟犬が飼いたいことなどなどだ。

「カコの旦那さんは私立の中高一貫校を卒業しとるし頭がいいからなぁ。大きな会社でたくさんお給料ももらっとるし遊びも上手やなぁ」とシンが感心して言った。

「ハルさんみたいに働いてばっかりはつまらんやろなぁ。人間は遊ばなあかんのや」と続く。

「ルリ子のお父さんは楽しそうに働いているよ。いっつも笑って冗談言って楽しそうや」

と大好きな父親の顔を思い出してニコニコ顔で私が言うと、シンはフンっと鼻で笑って

「まぁ働くのが好きな人が働いてくれたらいい」とシンは応えて、少し鼻を持ち上げ気持ちの悪い顔をしてニシャラニシャラ笑った。シンの言う意味が理解できないまま私はウエイターが持ってきてくれたケーキとジュースに感動していた。