【前回の記事を読む】継母はひどい奴や。実の子には贅沢に食べさせて、俺には「今日お米ないから、おまえ隣の家にお米借りにいってちょうだい」
磯吉商店
「俺の田舎は、人が死ぬと地元の集落の人たちで集まって自分たちで火葬したんや。田舎やからなぁ。センマイって名前の場所でなぁ、山の中に人間一人が入れるくらいの大きな穴が掘ってある広場なんや。木がうっそうと茂って昼間でも薄暗いところや。
死んだ人を体操座りの恰好で小さく縄で縛ってその穴で焼くんや。一晩かけて何回か生焼けにならんようにひっくり返しにいくと、バァっと火の球が空に上がる。俺の母親も死んでセンマイで焼かれた。今では珍しいけどなぁ。母親がおらんってことはほんまに寂しいもんやなぁ」とハルはしんみり話す。
「大将、優しい奥さんに恵まれたんやからもう寂しないでしょう」とシゲルが返す。
「そやそや、そやなあ。ハハハッ」とハルは笑ったものの悲しそうな表情をしていた。
継母に意地悪されたのはもうずっと前のことで、お父さんは私たち家族と楽しく暮らしているのに何でそんな寂しい話をするのだろうと子ども心に不思議だった。叔父シンが北海道から戻ってきてから何かが変わっていく気配を小学生の私はうっすらと感じ始めた。
シン
「シンさん、いらっしゃい」とスナックの女がシンを迎えた。薄紫の襟元の開いたワンピースで、華奢で細身の体付きに長い黒髪の綺麗な顔立ちの夜の女だ。背も高く強い香水の匂いをプンプンさせている。ここへ来るまでに一緒に麻雀をしていた数人の友達とシンはここへやってきた。
シンは高校時代に卓球で国体に出場したこともあり、肩幅の広いがっしりと肉付きの良い体型で、襟付のおしゃれなシャツとスラックスに流行の革靴を履いて背の高いシンにはよく似合っている。
「いつものでいい?」と、女はシンの方へ近づいてシンにウイスキーの水割りを出した。
「また今日も俺が負けてしもたぁ。北海道の頃はこんなに負けへんだのにおかしいなぁ」とシンが少し困ったように細長の目をもうひとつ細めて女に微笑んだ。
「シンさんは人がいいからお友達にたかられとるのとちがいますか? ウフフッ」と女は笑って首元のネックレスを細い指でいじり「シンさん、これありがとうねぇ」と目配せした。
「俺は人に騙されるような間抜けな人間とはちがうから大丈夫やでぇ」とシンは言って嬉しそうに女に笑顔を返した。