【前回の記事を読む】彼に耳元で「好きだよ」とささやかれた。帰ろうとする彼をなんとか引きとめようと甘え声で話しかけ…

2章 一本道と信じた誤算

「さあ、右足を後ろに引いて」

「右足? 右足ってどっち?」

首を下へ折り曲げ、両手で越前の体に捕まる少女の焦った姿を、皆がくすくす笑った。桜色のブラウスを着た少女はかわいらしかった。

邪気がなく、ごまかすことを知らず、困った顔を隠す術(すべ)も知らなかった。頬をブラウスよりも濃く染め、必死に足を見て、なんとか教えられるとおりに動かそうと四苦八苦する。

残酷なことに、越前はついに彼女を使うのを断念して、元の場所に戻るよう告げた。彼女は言われたとおりにしたが、かわいそうに、うなだれて目には涙がにじんでいた。

自分が何をしたかに気づいた越前は(熱中しているときには目の前が見えなくなるものだ)、そのあとすぐに休憩をとり、仲間が少女の所へ慰めに行けるよう取り計らった。

次の休憩時間には彼自身さりげなく近づいていき、少女の隣におもむろに座って、そのまま数分間そこで休んでいたりした。

少女のほうは呪文をかけられたみたいにしゃちほこばって固まっていたけれど。

少女はその後もサークルに通ってきたが、あらかじめ越前がワークショップをするとわかっているときには、例会を休んだ。彼のワークショップのないときには、例会に出てきてもいつも彼から遠く離れていた。

そんな少女も、ほかの仲間達、特にあさみには人なつこくて、折りに触れては「うちに遊びに来て」と誘うのだった。あさみのほうも好意的にとらえ、その時間を作りたいと思っていた。

そんな或る夜、少女から電話がかかってきた。初めての電話だったので、あさみは誰の声かわからず、受話器を耳に押し付けた。少女は泣きそうな声で、会ってほしい、と頼んだ。

「困ったことが起きちゃったの。あたし……こわくて……もうダンスには行けない」