少女のうちを訪ねることになった。ぬいぐるみや漫画、リボン、キャラメルなどが散乱した二階の少女の部屋へ連れられて上がった。

散らかった靴下などを無頓着に踏み付けながら、少女は引き出しから手紙を取り出してあさみに渡した。

封筒は分厚く、切手が10円余分に貼ってあった。ベッドの端に並んで座った。力強いペン書きの宛名。あさみは中から便せんを取り出した。

少女もあさみに寄りかかるようにして一緒に覗き込んだ。あさみは初めに枚数を数えずにいられなかった。8枚! それだけで手紙の意図は明瞭に思われた。

どんなに取り繕ったことが書いてあろうと、18の少女に8枚も書き綴った30過ぎの男の下心は見え透いている。

少女の言うとおり内容はダンスに関することがほとんどだった。励まし、注意を与え、自分の苦労を語り、そしてアスダンスを称賛した。

もちろん行間にうまくチラチラと本心を見え隠れさせ、少女への思い入れがじわじわと伝わるようにしてある。

『絶対に世辞でなく、君はいい筋をしているんだ。かかとのすぐ上に、親指と人差し指で後ろからつかめる筋(すじ)があるだろう。その両脇のへこみが、君の運動神経のすばらしさを物語っているんだ。僕は君を注意して見ているんだよ』

臆面もなく触れては逃げる卑怯な戦法を、延々8枚にわたって繰り返す。手紙を宛てられた当人でない冷静な者になら、そんな書き手の魂胆が容易に見て取れるやり方だ。

ひととおり読み終えたところで、便せんの最後に書かれた言葉にぶつかった。あさみは唖然としてその文字に釘付けになった。

『僕の夢想の中の姫君へ。嘆きの騎士、大吾より』

次回更新は8月5日(火)、22時の予定です。

 

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