「シン、おまえは大学を出てるからなぁ。ええ家の坊ちゃんしかなかなか大学なんていけるもんやない。おまえのところの番頭、ハルとかいう奴に教えたらなあかんことがいっぱいあるやろぉ」と友達の一人がシンを焚きつけた。
「コホッ、あいつは中学校しか出とらんから頭を使うことを知らん奴や。いっつも身体使って働いとるわぁ。俺のお母さんが働かせてやっとるだけや」と、シンはハルを馬鹿にして言った。シンは気管支が弱いのかよく小さな咳をする。
「ほんでもシン、あいつが来てからお前の家は繁盛し出したんやろぉ。ボーっとしとったら会社を乗っ取られるのとちがうか? 気をつけやなあかんやろぉ」と言われたシンは眉をひそめてイラっとした顔をした。
「俺は大学へいって勉強してきたんやぞ、あいつは中学校しか出てないアホや。コホッ、そのうち頭を使って経営者としての力量を見せたる。経営者は人を使ってなんぼや。いちいち魚切らんでも人にやらせたらいいやないか。脳のない奴が働いたらええんや、疲れて大変やと言うても仕方がないやろぉ」と友達に釘を刺した。
「次の社長は俺やから心配せんでも大丈夫なんや。俺のおごりや、みんなどんどん飲んで」とシンは今日も友達に気前の良いところを見せた。
「シンさん、おかわりどう」と女に声をかけられ「うん、もう一杯」と新しいウイスキーをもらった。
「コホッコホッ、指輪のサイズ計りにいかなあかんなぁ、今度」とシンが言うと女は嬉しそうに微笑んだ。
シンが高校を卒業した頃の1965年の大学進学率はわずか10人に1~2人だけで、シンの周りの友達も高校を卒業してほとんどが就職した。だからシンは友達の中でも大卒を自慢してあまりよく思われていなかったのだ。
12歳年上のハルが中学を卒業した1950年は高校進学すら2人に1人くらいで、高度経済成長で人手が不足していたこの時代には中卒就職者が「金の卵」として引っ張りだこだった。
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