序章

あれは空がよく晴れた春の日だった。私は母と二人で銀行に向かって車を走らせた。26年前に他界した祖母の相続人のうち唯一異論を唱えていた母の弟が他界して、やっと相続手続きができることになったのだ。

高尚なお香がたかれた、広く明るい銀行の接客コーナーの一角に通された。担当の銀行マンが必要な手続きを事務的に説明してくれた後、入れ替わりに支店長がやってきた。須川と名乗り、生前父とは長い間の付き合いがあり、今年の秋に定年で銀行を去るところだったと言った。

須川は私の前の席に座ると「お父さんには大変お世話になっていました。もうずっと前になりますが、一度だけ私の自宅に訪ねてくださったことがあります」と話し始めた。

「ちょうどあなたのおばあさんが亡くなられた後です。あんなにも気丈夫な方が苦痛に顔を歪め、大粒の涙を流して何度も何度も悔しいと、大泣きで私に訴えに来られたのを今もしっかりと覚えています」と続けた。

「目に涙をためているあなたを見ると、お父さんのご苦労をよく理解いていらしたのでしょうね」

私は言葉に詰まって、涙が次から次へと溢れて止まらなかった。家族の誰にも苦しい胸の内を話さずに死んでいった父を想うと、悲しくて涙が止まらなかった。

常磐町

これはとある城下町のひとつ、常磐町でのお話です。実際の町名は常盤町と書いて部首が皿だった。けれど皿は割れるといけないから「石」の常磐町がいいねと、私の祖母キヨは言った。石のように強く在るように、私は公的な場面以外はいつも石の常磐をあえて使った。

「常磐」ときわとは、トコイワの約。常に変わらない石。永久不変なこと。松、杉など、木の葉の常に緑色で色を変えないこと。常緑樹。(広辞苑より)