磯吉商店
骨格はがっしりしているがヒョロっと痩せて、少し青白い顔の中に目だけがギョロっと大きいのがハルの特徴だ。髪はうねりのかかった短髪で、男前とは言えないまでも目はいつもキラキラと輝いて真っ白な綺麗な歯を見せてケラケラと笑い愛嬌がある。
働き始めて10年が経ちハルは25歳、声は自慢できるくらい大きく元気がいい。今日も紺色の長パンツに仕事着の白衣を羽織って普段履きのスニーカーという出で立ちで洒落っ気は全くない。
お得意さんの家の前に着き自転車を止めると一気に汗が噴き出した。ハルは上がった息を整えてから保冷ボックスを肩にかついで「こんにちは~、磯吉商店です。甘鯛を持ってきました」と元気よく玄関先で声を上げた。
「はぁ~い、ちょっとお待ちください」と台所の方から上品な奥さんの声が返ってきた。ハルはこの家の奥さんの好物が甘鯛だと知っていて、今朝市場で新鮮な甘鯛を見つけ買ってきたのだ。
常磐町と道を隔てた隣町にある総合病院、島崎病院の理事長の奥さんだ。奥さんはとにかく口が肥えていて気難しい人だから、気に入らなければ一円も無駄なお金は出さない。けれども好きなものにはふたつ返事で買ってくれる気前のいい人だ。
しばらくして手にジュースの瓶を持って奥さんが玄関に現れた。それを見たハルは密かに目を輝かせた。
「今日は暑いわねぇ、お兄ちゃん。これでも飲んでいってちょうだい」と奥さんはジュースの瓶をハルの前に置いた。ガラス瓶の外側に小さな水滴がブツブツしていてよく冷えた美味しそうなラムネだった。
喉がカラカラのハルは、嬉しさをこらえながら急いで氷の入った保冷ボックスから魚を出し、肩から掛けたカバンから納品伝票を出して奥さんに渡した。磯吉商店の大将つまり社長のスエヨシが、強い筆圧で丁寧に魚が腐るほどの時間をかけて書いてくれた納品伝票だ。
「まぁ、今日の魚も美味しそうねえ。お兄ちゃんが持ってきてくれる魚はいつも新鮮で美味しいから、家の者はみんな喜んでいるのよ」と奥さんは甘鯛を見てご機嫌だ。