「頑張ってね、お兄ちゃん。あなたは真面目によく働く人だからお店も安泰だね」と奥さんはいつも温かくハルを応援してくれる。奥さんはハルの頼もしいお得意さんだ。

「ヒヤァ~、よく冷えてる。奥さんありがとうございます。ほな遠慮なくいただきます」と、ハルは嬉しい奇声を上げて一気にラムネを飲み干した。

「あぁ、うめぇ」とつい声を出したハルを嬉しそうに奥さんは見て笑った。

「奥さんご馳走様でした。ではまたごひいきに」と言ってハルは元気に外へ出たが、急いでラムネを飲んだからか喉の奥に炭酸がつっかえてゲップが出るまで息苦しくて死にそうだった。

ようやく胸のつかえも収まり、ハルは自転車にまたがると一気に坂を下りていった。冷えたラムネのおかげで汗も引いて顔一面に当たる風が気持ち良かった。

「ヒヤァ、これやから配達はいいなぁ」とハルはまた奇声を上げて笑った。街路樹の新緑が太陽の光を浴びてキラキラと輝き、笑い踊るように風に揺れていた。

***

磯吉商店の社長スエヨシは、鮮魚店の机で丁寧に納品伝票を書き終わるとやっと重たい腰を上げた。

「キヨ、配達に行ってくる」と仰々しく妻キヨに告げ、キヨが用意した魚の入った保冷ボックスを原動機付バイクの後ろに括り付けた。そしてでっぷりとよく太った重い身体で、不機嫌な面持ちのスエヨシはバイクにまたがった。いつもなら配達は従業員ハルの仕事だが今は出払っている。客から急ぎの注文だと電話があり、仕方なくスエヨシが行くことになったのだ。

スエヨシは50歳になっていた。よく動く若いハルが来て10年が経ち、仕事はハルに任せてスエヨシはのんびりしたいのだ。配達なんて行きたくない、ゆっくり伝票くらいは書いてやるが好きなことでもしていたいのだ。なんて言ったって俺は社長だ。

「キヨ、配達に行ってくる」とスエヨシはまた同じことをキヨに言い、重い脚を引きずるようにやっと配達に出発した。

【前回の記事を読む】古き良き時代の城下町、常磐町。この町の魚屋・磯吉商店の物語が今始まる