【前回の記事を読む】かつて会社勤めしながら大学の夜間部で学んだ加藤。彼の二度目のアルジェ訪問は一回目から五ヶ月が過ぎた一九七六年八月であった
七、 砂漠への一本道
七洋商事のアルジェオフィスで挨拶のために所長室へ入ると、北山所長が満面の笑みで出迎えた。
「加藤さん、ご苦労様です。いよいよ石油公団のタイヤ入札が近日中に発表されるようです。ニホンタイヤさんは砂漠用新商品を武器に、非常に良いポジションにあります。是非マジョリティーシェアを取りましょう。
その意味で今回の品質評価は極めて重要です。研修生の井原にアテンドさせますので、どうぞよしなに使ってください。宜しくお願いいたします」
「テストタイヤが問題なく二万キロメートル走行すれば合格と言われています。現状がどうなっているのか現地に行ってみないとわかりませんが、リビアでの同じスペックでのテスト結果は良好ですので期待しています。只、使用条件が違いますので、まだ何とも言えません」加藤はそう答えるしかなかった。
その夜はアルジェの高台の町エルビアールにある七洋商事の独身寮に泊まることになった。
「すみませんねえ、まともなホテルがどこも満杯なものですから」井原が本当にすまなそうに謝った。
「私は構いませんよ、慣れています。オイルショックで産油国には世界中から人が殺到していてホテル事情はどこもタイトです。だから私はいろんなところに泊っています。寝る場所さえあれば結構です」
「大丈夫です。一部屋空いています」
「お世話になります」
オフィスの近くで簡単な食事を済ませて寮に行った。ビールを飲んでいると機械担当の清川が帰ってきた。彼は家族を東京に置いての単身赴任である。加藤は前回のアルジェオフィス訪問時に清川には会っている。
「もう一人ここの住人がいますが、彼は帰りが遅いでしょう」と、井原が言うと、清川が、
「熊田さんという機械メーカーからの派遣者がいます。日本から到着した工作機械の設置を担当しています。フルターン・キー・コントラクトですから、機械を設置して、稼働出来る状態まで当方で完了する必要があるのです。熊田さんはそれを担当されてます」と説明した。
「ああ、それで忙しくて遅いんですか、大変ですね」
すると清川と井原がケタケタと笑った。