「いやいやそうじゃないんです。彼はカスバの中の女がはべる飲み屋に通っているようです。気に入った女がいるらしいんです。彼はぶ男なんでもてるわけはないんですが、本人はどうもそう思っていないらしいです。あんな危ない所へは行かない方がいいですよ、と言ってはいるんですが……」笑っていた清川の顔が少し曇った。
歓談の後、加藤があてがわれた部屋のベッドに横になって寝ようとしているところに、熊田が帰宅した様子が窺えた。
翌朝六時に運転手のシャドリがシトロエンDSと共に迎えに来た。
アトラス山脈を越えて南へ一千キロメートルの行程を、一路ハッシメサウドへと向かう。
杉林の中を走っていると、とても砂漠の国とは思えない。しかし日本の六・四倍の国土面積のほとんどが砂漠の国であるから、緑の中にいられるのは束の間だ。否応なしに砂の世界へと誘われていく。
「この辺はまだまだ緑豊かですね」と加藤が言うと、井原が、
「アトラス山脈の北側はアルジェリアの穀倉地帯です。そういえば私はまだ経験していないんですが、秋になるとこのあたりではマツタケ狩りが楽しめるそうです。次回はその時期に来られたらいいと思いますが、どうでしょうか」と、提案した。
「是非そうしたいですね。何かそういう楽しみがないと海外の僻地勤務はやってられないですよね」
「そうしましょう。次回はマツタケ狩りとマツタケ料理でパーティーといきましょう。ところで加藤さんは何年生まれですか?」