【前回の記事を読む】タイヤには三つの不思議がある。一つ目は横向きの力で曲がることが出来る、二つ目は道路の石を跳ねずに包み込む。三つ目は――
六、 タイヤの不思議
加藤にとって田島の話は、どんどん未知の謎の世界へ入り込んでいく感覚だった。
「但し空気圧を極端に落とせばタイヤにかかるストレスが大きくなって故障してしまうことがあるので、そうならないようなタイヤの構造や材料が必要となる。つまりタイヤの中の空気をより適正に有効に活用するために、タイヤの大きさや構造、材料が常に研究され開発されているということだ」
「はあ? タイヤ技術って難しいですね」
「基本を知ることが先ず必要だ。そしていろいろなタイヤと会話をすることだね、ワッハッハ」と田島は初めて豪快に笑った。
入社してすぐのこの時の田島との会話は、その後の職務遂行上の基本の一つとなっている。
もっと勉強が必要だな。大学へ行ってもう一度技術知識の基本を身につけたい。と加藤が大学へ行くことを意識したのもこの時である。
そして入社して一年後の一九六六年四月から、加藤はN大学の理工学部機械工学科の夜間部に通った。
働きながら学びたいと思っている者は多い。しかし大学の理工系で夜間部を開いているところは少なく、しかも都下の小平から通える所となるとかなり限られる。N大学理工学部はその少ない選択肢の中の貴重な一つであった。
通学中に学園紛争があったり、仕事の方が忙しくなったり、紆余曲折があった。この間まともに寝た覚えがない。授業が終わって午後十一時頃にオフィスに戻り、やり残した仕事をやったこともしばしばだったが、一九七〇年になんとか卒業にこぎつけた。
加藤はこれをやり遂げた時に思ったことがある。
これからどんな苦難にあおうと絶対にやっていける。