【前回の記事を読む】加藤清武、熊本県出身の二十九歳のエンジニアで一九七六年五月から家族と共にエジプトのカイロに駐在している
四、 サハラ砂漠用タイヤ
くつろぐ間もなく、早速東京本社から来ている書類に目を通すと、
〈アルジェリア石油公団向けに投入したテストタイヤの評価を至急実施されたし〉との督促の文書がある。
「スーダンへの出張から帰ってきたばかりだが、すぐにアルジェリアへ行かなければならないな。うーん、もうちょっとゆっくりさせてくれないかなぁ。いや、うちの会社でゆっくりはありえない。明日一番でアルジェリア大使館へビザの申請だ」と独り言をつぶやいた。
アルジェリアのビザは明日申請すれば明後日には取れる。早い!
そんなに急いで発行してくれなくてもいいのに、と加藤は苦笑いをした。
加藤がアルジェへ出張するのは今回が初めてではない。最初のビザ申請時に会社の宣伝品のボールペンとキーホルダーを大使館の担当者にプレゼントした。大した品ではないのに、物不足のエジプトでは大変喜ばれた。
その効果で、重なっているビザ申請書類の中の優先順の早い方に割り込ませてくれる。
加藤はソファーに身を沈めて目をつぶり、前回、一九七六年三月のアルジェリア出張を思い起こしていた。
カイロからアルジェへの航路は、少し遠回りになるがパリ経由が便利だ。パリに一泊して、翌日アルジェへ向かう。
この時はわずか一泊のパリ滞在であったが、少し勉強したフランス語がどのくらい通じるか興味津々であった。
しかし、初めてのパリではやはり言葉が通じない、読めない、聞きとれない、のサンナイづくしで、すこぶる苦い思いをした。
CHAMPS-ELYSEESをシャンゼリゼとは読めなかった。シャンプスエリゼスと読んでしまう。だから通じない。