それでも少ない時間の中で出来るだけパリの中を歩こうとした。

まだ枝がむき出しで寒々としたマロニエ並木のシャンゼリゼ通りを、凱旋門からコンコルド広場方面へ下り、右折してジョルジュ・サンク通りへ入った。

これを直進すればセーヌ川へぶつかる。

と、そこで道路の端に停まっている一台の乗用車が加藤の目に留まった。どうやら女性がタイヤを交換しようとしているらしい。しかし、方法がわからないようで、タイヤを見つめたまま途方にくれている様子だった。

時刻は冬時間の夕方五時だ。あたりはもうすっかり夜の帳が下りているが、タイヤ技術者の加藤としては暗いからといって見過ごすわけにはいかない。

車は小型のルノー5(サンク)のようだから、大型車より扱いやすい。

加藤は近づき、つたないフランス語で、

「ジュプ シャンジェー ボトルプニュ」(私があなたのタイヤを交換出来ます)と言って、彼女が手に持っている菱形のジャッキを取り上げた。

彼女は車の中から懐中電灯を取り出し、パンクしている左後輪のあたりを照らした。

加藤はジャッキをそこにセットし、ハンドルをくるくると回した。左後輪が上がる。完全に浮いてしまわない所で止め、レンチでそのパンクしたタイヤのハブナットをゆるめる。そしてまたジャッキを回し、左後輪を完全に浮かせ、ハブナットをすべて外し、パンクしたタイヤを取り外した。

そこにスペアタイヤを装着しナットを軽く締め、ジャッキをたたんでタイヤを完全に接地させた。再びレンチでハブナットをしっかりと増し締めして、ジャッキを車の下から取り出し、故障したタイヤとレンチと共にトランクの中に収めた。ものの五分とかからなかった。