「一丁上がり」と加藤は手をパンパンとはたいて、暗がりの中で彼女の顔を見た。暗かったから美人に見えたが、フランス人というよりアラブ系のように感じた。
お礼に食事でも、と言わないかな。そしたら断る理由はない。たった一泊のパリの夜をこの女と共に過ごすのも悪くない。食事のあとはどうするか、と加藤はあれこれと一瞬考えた。その時、
「メルシーボクー、ムッシュ、オルボワール」(どうもありがとう、お兄さん、バイバイ)と言って彼女は車に乗ってセーヌ川方面へさっさと去ってしまった。
「ジュヴザンプリ」(どういたしまして)と言って、呆然と車を見送った。
あれ、行ってしもうた。惜しいことをしたな。ま、パリで一善を施したからいいとするか……と、彼は複雑な気持ちでセーヌ川方面へと歩いた。
翌朝、加藤はパリ南のオルリー空港から、エールフランス機でアルジェへ向かった。二時間のフライトだ。
着陸地のアルジェ国際空港へは、七洋商事アルジェ事務所の大田原所長代理が運転手と共に迎えに来ていた。
車はシトロエンDSで、大田原は加藤に後部座席を勧め、自分も加藤の横に座った。
アルジェ空港からダウンタウンへ向かう時、白い街並みが春の日差しに輝いていたが、加藤にはその眺めを堪能する余裕はなかった。先に投入しているテストタイヤが故障なく走っているかどうか、それよりもテストタイヤそのものが見れるかどうか、が気がかりとなっていた。
次回更新は6月18日(水)、21時の予定です。
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