【前回の記事を読む】「あそこのテーブルは日本大使館関係、こっちのテーブルはA商社だ。だからここでは仕事の話はあまり出来ない」

三、 ブーメ大統領の悲願

「まあ、そう慌てなくてもいい。当分、そうだな、あと十年はフランス語でなければ国民は何も出来ないだろう。国民へのアラビア語教育のために道路標識のフランス語を消してアラビア語に変えた。そうしたらみんな理解出来なくて交通に大混乱が生じた。だから慌ててアラビア語、フランス語を併記にしているところだ」

「そうですか、とりあえず良かったです」井原はホッと胸をなで下ろしながら、

「ところで大田原さん、フランス離れ政策が我々のビジネスにどうかかわってくるのですか?」

「そこだ、大事なところは」

その時、ドアをトントンと叩いて、またお茶くみのサルマおばさんがそっと入ってきて午後の飲み物を聞いた。二人ともカフェオレを頼んだ。

と、ほぼ同時に中庭の方から怒鳴り声が聞こえた。

「あの声は何ですか?」井原が聞くと、

「またフランス人が怒っているんです」とサルマが言った。

「このビルにはアパートもあるので、あれは住民の声だろう。元々はフランス人しか住めなかったんだが、独立後アルジェリア人も住むようになったらしい。だけど彼らは衛生観念が低いから、窓からごみや汚物を捨てたりするから困る。それを時々フランス人が怒るんだ」と大田原があきれ顔で説明した。

「なるほど、思いもよらない問題があるものですね。でもフランス人の衛生観念がそんなに高いとは思いませんが」

「日本人が衛生面で潔癖すぎるのかも知れないな。さてコーヒーも来たし、一服とするか」重要なポイントに入る前のコーヒータイムで、いい気分転換になりそうだ。

大田原はまたマールボロを一本取り出して火をつけた。そしてまた二口だけ喫って灰皿にもみ消した。

あれしか喫わないのならやめればいいのに、と井原は思ったが、もちろん口には出さない。研修生はそんなことを言える身分ではない。

「さて一服したし、続けようか。えーと、どこまで話したかな?」

「ブーメ大統領のフランス離れ政策です」