朝食が終わる頃、遂に雨は小やみになった。しかし、空は依然、なべ墨色で風は激しく木々の枝を揺すっていた。
「お母様、行って参ります」
イザベラは元気よく出かけようとした。それを見て若い侍女たちが飛んで来た。
「姫様、今日はこの様なお天気です。馬車でいらっしゃいませ」
イザベラはうつむいて口ごもりながら
「あの……やっぱり馬車ではお祭りの様子がよく見えないので」
「いいえ、それに今日はモデナの奥方様も御一緒ですから」
イザベラは途方に暮れて母の顔を見た。
その時、横から叔母が、
「私なら大丈夫。やっぱりお祭りは歩いて観た方が楽しいわ」
と言ってくれたので、イザベラはほっとした。すると、もう一人の侍女が、
「おしのびで大丈夫でございますか? よろしかったら私たちがお供に」
と言い出したので、イザベラは困ってしまった。その時、母が静かに言った。
「有難う。でも、本当に大丈夫なのよ。それより貴女方は、後で私たちが行く時について来てほしいの。ですから、そろそろ支度を始めてちょうだい」
侍女たちははしゃぎながら蜘蛛の子を散らした様に銘々の部屋へ行ってしまった。
「行って参ります」
イザベラは晴れやかな顔で出かけた。
外は、ひどい風だった。歩こうとしても体が押し戻されそうになり、道の両側の出店のテントも風が吹くたびに大きく揺れていた。
「嵐が来るのかしらね」
叔母が言った。
「思い出すわ。昔、貴女がモデナに疎開していた時、ひどい嵐があったわねえ」
「はい、よく覚えています」
「あの時、お家を遠く離れて、窓を打つ雨や風の音に弟さんたちはみんな泣き出したけれど、貴女だけは泣かなかったわ。あれは何年前のことかしら」
「もう7年前になります。叔母様のところでお世話になったのは、私が8歳から10歳の時でした。あの御恩は一生忘れません」
「まあ、そんな。私の方こそ、とっても楽しかったわ。私はよく貴女と一緒に寝たわね」
イザベラもまざまざとあの頃のことを思い出した。