【前回の記事を読む】自殺、殺人、病死が起きた物件は家賃が半額になると言われた。"事故物件"…しかし、今の家賃より1万8千円も安い。私は…
夜空の向日葵
六畳ほどの狭い事務室内には、女性の他に誰もいなくて、時計の秒針が時を刻む音が小さく響いている。窓際で、赤いチューリップが一輪挿しに飾られていて、それはもう開ききっていて、一部が茶色く変色した花びらが一枚、床に落ちていた。
「中に、ここの建物の概要、決まり事なんかが書かれたパンフレットと、申込書一式が入っていますので、あとで見てくださいな」
事務員はそれで、と言って深呼吸すると、回覧板のような板に挟んだ一枚のコピー用紙を私に見せた。物件の間取り図だった。それには、あらかじめ、ある部屋にボールペンで○印がついていて、○印がさらに黄色いマーカーで縁取られていた。
「説明しなければならないのは、これね」
そう言って、○印のところを持っていたボールペンでぐるりとなぞった。私は事務員をぼんやり見つめた。真っ赤な口紅の口元がうごめいて、明るい茶色に染められた彼女の髪の毛の根本に、白い色がのぞいている。
「この物件、事故物件ってことは、すでに聞いていらっしゃるわよね」
「ええ、知っています」
「前の住人はね、ここで亡くなっていたの。あの日、あたしは非番だったから現場を見たわけじゃないんだけど。電動ベッドの手すりに首を吊ってたって聞いたわ。死後だいぶ時間が経ってたらしくて、現場をちらっと見た人によると、仏さまが腐って体液が流れ出して、それはもう、腐敗臭がひどかったって。まるで、地獄絵ね」
あーやだやだ、とつぶやきながら事務員が顔をしかめて首を振った。背中がぞわぞわして鳥肌が立つのを感じた。