「少し交流のある近所の人がしばらく不在で、発見が遅れたのよね。あたしが見た時は、警察の検証も終わって仏さまは片付いていたとはいえ、ドアを開けたらハエがぶんぶん飛ぶ音がしたし、畳に体液がしみついて、油の腐ったようなひどい臭いだったわ。怖くてよく見なかったけど、蛆虫なんかもうじゃうじゃわいていたんじゃないかしら」
事務員は、顔全体をこれでもかというくらい嫌そうにゆがめて、ボールペンで問題の部屋をぐるぐるとした。
「お風呂の中で亡くなってるっていうのは、たまにあるのよ。どちらかというとここ、高齢の人がたくさん住んでいるから。でも、神代さんみたいなの、あたしは初めて。身寄りもなかったらしくて、病気で余命宣告を受けてたって聞いたから、将来を悲観したのかしらね」
神代さんという具体的な名前が出てきて、私は首をすくめた。
「あの、部屋、そんなにひどいんですか」
おずおずと私は聞いた。すると、事務員がはっとしたように顔をあげて、こっち見た。
「ああ、今は大丈夫。特別清掃も入ったし、リフォームもしてきれいになってるから」
ひきつった笑顔の事務員をちらっと見てから、私は図面を眺めた。図面の上には北を表すマークがついていて、問題の部屋は南に面しているようだ。玄関を入って右側にその部屋はあって、どちらかというと他の部屋からは独立した空間だ。それならば、ここを閉め切って使わなければ、気味の悪い思いをしなくても済むだろうか。
遠くで、何かの宣伝カーが声をまき散らしながら通っていくのが聞こえた。事務員が、かたんとペンを置いた。時計の音以外はなにもしなくなった空間で、事務員がまっすぐこっちを見るのがわかった。