【前回の記事を読む】驚くほど安くて魅力的な物件。「あの、あれって」と言った瞬間だった。事務員は笑顔を消し、神妙な顔で…

夜空の向日葵

「あれ、一年間は家賃が半額になるけど、当社規定の事故物件よ。ほら、あそこにも書いてあるでしょ。当社では、物件の内部で、自殺、殺人、それと病死のいずれかが起きた物件を事故物件と呼んでいるの」

私より年上と思われるその事務員は、突然タメ口になって、声をひそめて言った。

事故物件。

聞いたことはある。そんな物件に住むことに対して気味悪いという気持ちがないではないけれど、なんといっても家賃が半額なのだ。スーパーのお総菜に貼られている半額シールとは規模が異なる。しかも、一年間。

「あなたが希望する地域だったら、いまのところ、この物件だけしかないわね」

築五十年、四十平米、月二万一千円は破格だ。今住んでいるアパートに月六万円払っているから、差額三万九千円。

十二をかけて引っ越し費用を引いたとしても、四十万円は浮く計算になる。一年後に家賃が倍の月四万二千円になったとしても、今の家賃より一万八千円も安い。

「間取りは二LDK、お一人なら十分かしらね」

事務員は、図面と地図を広げて見せたけれど、そんなものはもう、どうでもよかった。

「あの、敷金礼金って不要なんですよね」

張り紙にも書いてはあったけれど、念のために聞いた。月々家賃が三万九千円浮けば、その分息子の仕送りに当てることができると頭の裏で計算すると、心は決まった。