【前回記事を読む】「それでは国を守れませんよ」「泣き言を言った者から滅びていくのです」母の教え、フェラーラ戦争を生きた少女イザベラの決意

Ⅰ 少女

第2章 聖ジョルジョ祭

「じゃあ、あのニッコロ・デステ殿の夜襲があった時は、妹さんはもうナポリにいたの?」

「いいえ、あれはベアトリーチェがナポリへ行く前の年の出来事だったんです」

それは1476年の或る夜のことであった。

エルコレ一世の甥ニッコロ・デステが武装した兵士の群れを率いて不意に宮殿になだれ込んできたのである。その時、公爵は不在で、公妃エレオノーラは生後間もないアルフォンソを抱き上げると、侍女たちに2歳のイザベラと1歳のベアトリーチェを抱かせ、宮殿の地下道を走りに走って間一髪、隣の城砦に駈け込んだのであった。

こうして叔母とお喋りしながらもイザベラは、自分がどんどん野外劇場から遠ざかっていくことを感じて、たまらない気持ちに駆られた。しかし、気を取り直し、今は一刻も早く氷水のお店へ行き、その後、叔母を野外劇場へ引っ張って行こう、と必死で足を速めた。

「まあ、貴方、今年もなさっているのね」

叔母の声にイザベラは振り返った。叔母は出店の店主と話をしていた。

「これは、これは、モデナの奥方様」

見るからに人の好さそうな店主は恭しく一礼した。

「いいのよ、今日はそんな堅苦しいことなさらないで。今、氷水のお店を探していたんですけど、そうね、じゃあ、その前にこちらに入ろうかしら」

叔母はイザベラに向かって手招きした。イザベラは思わずため息をつきかけたが、慌てて背筋を伸ばし、微笑んで見せた。

売店の中には簡素な木のテーブルと椅子しか無かったが、店主はその中で一番きれいなテーブルを探し、叔母に丁重に椅子を勧めた。そして、イザベラにも椅子を勧めてくれたので、イザベラは店主の顔を見上げ愛想よく微笑んだ。その瞬間、店主ははっとした様子でイザベラの顔を食い入る様に見つめ、慌てて最敬礼すると出て行ってしまった。