スパゲッティが運ばれて来ると、叔母は子供の様に

「まあ、いいにおい」

と言って、フォークを取った。いつもなら、こういう時一番はしゃぐのはイザベラだが、今日は胸が詰まる思いがした。しかし、それを見せまいとしてイザベラは必死で笑みを浮かべた。

叔母はまた話し始めた。

「じゃあ、ミラノのルドヴィコ様との婚約の時も、妹さん御本人はナポリにいたの?」

「はい、あの時ベアトリーチェはもうナポリに行って居りました。父はナポリに急使を送って祖父の承諾を取り付けたんです」

「あれは、随分昔のことね」

「ベアトリーチェが5歳の時でした」

「まあ、そんなに小さかったの? あの時、ルドヴィコ様は28歳か29歳くらいの青年でいらしたわ。それはそうと、あの縁談は確か、初めは貴女にと言ってきたんじゃなかったの?」

「そうなんです。でも、その1か月ほど前に私はフランチェスコ・ゴンザーガ様と婚約して居りました。それで、父の提案により、急遽ベアトリーチェとのお話が決まったのです」

そう言いながらもイザベラは、目の前を行く人々の顔を一つ一つ見続けた。時間が経つにつれ、だんだん人の数が増えてきたのが感じられた。イザベラは、フランチェスコが通らないか、目を凝らして見続けた。

食事を終え、店主に挨拶して店を出ると、空はなべ墨色が薄くなって、白っぽい灰色の雲に覆われていた。風も少し弱まった様だが、去年とは違って肌寒かった。それでも、朝とは比べ物にならないほどの沢山の人々がくり出してきた。男性も女性も子供も老人も、様々な色の様々な衣装に身を包んでいた。

そんな中で、純白の服を着たイザベラはよく目立ち、すれ違う多くの人々が思わず見ていった。そのたびにイザベラはうつむいた。髪が風に吹きあおられて目茶苦茶になっているらしかったが、イザベラはもう気にしないことにした。イザベラは必死で足を速めた。

道の両側には、色とりどりの造花や看板で飾られたテントや小屋が無数に建ち並んでいた。それらは、ほとんどが売店で、昨夜から今朝にかけて建てられたものだった。スパゲッティ、ピッツァ、ジュース、果物、リボン、おもちゃ、櫛、花かんざし、テーブル掛け、壁飾り…… 目もあやに様々な品物が並んでいた。

叔母は珍しそうに、その一つ一つに足を止めて見入った。そのたびにイザベラは我慢強く待った。

イザベラと叔母は、もみくちゃになりながらスキファノイア宮殿近くの氷水のお店を目ざした。しかし、お祭りの敷地の最南端に位置するスキファノイア宮殿は遠かった。道々叔母は足を止め、何度となく売店の店先を眺めた。

そして、やっと目ざす氷水のお店に着いた時は、既に三時を過ぎていた。イザベラは、もう今から野外劇場へ行っても間に合わない、と泣きたくなったが、それでもとにかく行ってみようと思った。

氷水のお店を出ると、イザベラは初めて言った。

「叔母様、まだ他に何か御覧になりたいですか? あの……実は、野外劇場で、父が監督致しましたプルターク英雄伝をやっているんです。出来れば、それを観に行きたいんですけれど……」

 

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