結
大塩の乱からひと月ほど経った夜。田沼意義は大坂天満の洗心洞跡に向かった。提灯を照らし、かつて屋敷の土間であった瓦礫の中を覗き込む。奉行らによって爆薬や武器の類は持ち去られていて、残っている物は焦げた家具調度品くらいだ。意義は小刀を使って土間の最奥にある床板を引き剥がした。床下にはアルコール漬けの魚やらトカゲやらが入ったガラス瓶が数本、焼けもせずに安置されていた。
(残っていてくれたか)
ガラス瓶を引き揚げて背負子に括り付けていると、背後でカチリという音がした。背負子を床に隠してから慎重に振り返ると、暗闇の中で拳銃を構える人影が立っていた。
「引き金を戻せ。カイ」
「おっさん、か?」
意義は返事の代わりに提灯を自分の顔に照らした。カイも銃を下ろす。
「俺もおまえも先生たちとはぐれてしまったな。あれからどうしていた?」
尋ねると、カイは眉をしかめた。
「他の仲間に聞いたら、ひと月逃げてろって指示があったらしくて、オイラもねぐらを転々としてた。先生は格さんとふたりでどっかに潜ってるらしい」
自分が連れて行ってもらえなかったのが不服らしく、苦々し気に言った。
「そうか。たぶん、あそこだな」
「知ってんのか?」
「うむ。しかし、もうひと月経つのだな」
ふたりは壁も屋根も焼け落ちた屋敷跡に座った。意義がまじまじとカイを見て言った。