【前回記事を読む】「抵抗すれば殲滅あるのみ」――バリバリッと音がして、塾生や農民たちの悲鳴が…やりよった。この時代に官僚が民衆を傷つけるなど…

鼠たちのカクメイ

さっきの空砲で十分過ぎる恐怖を味わった農民や町人たちが、蜂の子を散らすように走り始めた。

「総員! 退け!」

塾生たちも細筒を構えたまま背走する。平八郎もまた、カイの後ろ襟をつかんで走り出す。百人に及ぶ群衆が、沈む船から逃げ出すネズミのように一の門に殺到した。踏み潰されて喚く者もいる。運よく門外に出ても、後方からの追手の声にパニくって濠に飛び込む者もいる。通りには数百名の捕り方が待機しており、網をかけるようにひとりの叛乱者を数人で囲い込んでいった。カルバリン砲は結局一発も発射されないまま、集団は四散し完全に解体されていった。

「ほら。張り子でも、虎に見えたら役に立ちまっしゃろ?」

坂本が本多に得意顔を見せる。本多は二百年前のこの大砲が発射しないのを知っていたので、持ち出すことに反対していた。だが坂本は、大塩側のフランキ砲もハッタリなのだからこっちもかますだけかまそう、と進言したのだ。効果は絶大、もはや完全な勝ち戦。坂本は逃げていく一党の中に自分と中筒で撃ち合った者を探した。

(ああ。あっこにおる男前や)

意義は囲い込む捕り方たちに刀で応戦していた。中筒はもう役には立たないので捨てた。刺股を小刀で受け、突棒を太刀で払って役人たちに斬りかかる。十数名はやり過ごした。だが敵は多勢。きりがなくなり息も上がり、退路を確保することしかできなくなってきた。

(先生は? 格さんはどこだ?)

平八郎と格之助が他の塾生たちに守られながら退却して行くのが垣間見えた。大将が無事ならここはもう退くべきだろう。意義は大小を鞘に納め、脱兎のごとく駆け出した。

カイは途中まで平八郎に張り付いていたが、格之助と合流したあと袋叩きに遭っている農民を救おうとしてその場を離れた。

(くそったれ。ここでも侍どもは弱いモンいじめかよ。こいつらは丸腰だぞ)

ペッパーボックスを抜いた。だが、興奮し過ぎていて照準も何もない。ただ乱射して、農民たちを逃がすくらいしかできなかった。

記録によるとこの叛乱は、結果的にはわずか八時間で鎮圧されたことになる。大坂城代の土井利位は、乱鎮圧の功を讃えられ京都所司代を経て老中に就任する。