一時はあんなに浮かれて舞い上がっていたのに、相変わらず自宅の電話番号さえ知らされておらず、いつ電話をくれるかも分からないので栞は会社からひたすらまっすぐ家に帰り、谷口からの電話を待った。そんな日が何日も続いて、もう諦めた方がいいのかもしれないと不安が募る頃にようやく連絡があるのだった。

あの日「masquerade(マスカレード)」で谷口の本音を聞けたような気になっていたのに、それ以降はなんとなくはぐらかされているようで、谷口の気持ちを量りかねていた。

考えてみれば、酔った酒場での戯言(ざれごと)を本気に受け止めて一人で浮かれていただけのことで、「結婚」どころか「付き合ってほしい」と意思表示一つされたわけではなかった。どういうつもりなんだろう、どうしてこの前はあんなこと言ったんだろう。

私のことどう思っているんだろう? 本当に私のこと好きなのかしら? 栞の自信と歓びは瞬く間にどこかへ消え失せ、不安だけが募っていった。

デートの予定だった日曜日、朝早くに電話が鳴った。音が鳴るだけでキャンセルの連絡だと、受話器を取る前から分かってしまうのはなぜだろうか。

「もしもし」

案の定、谷口のちょっとくぐもったような声がする。

「あのさ、ごめん、俺風邪ひいちゃったみたいで。喉が痛くて、咳も出るの。明日は絶対出なきゃいけない打ち合わせがあるから、今日は家でゆっくりしていた方がいいかなぁと思って。うつしても悪いしね。良くなったらまた連絡するからさ」

なぜだか話を聞く前からそんなことだろうと予感があった。栞は動揺を隠して平静を装って言う。