「そうなの、熱は? 大丈夫? ご飯は食べられそうなの?」
「うん、まぁ、ゆっくり寝てたらそれで治ると思うから」
「私、そこに行こうか? 何か作ってもいいし、必要な物があれば買って持っていくことだってできるし」
谷口が一人暮らしをしているというマンションは詳しくは聞いていないが、栞の自宅からはバスと地下鉄を乗り継いで一時間近くかかる場所にあるようだった。
谷口が住んでいるマンションに行ってみたい、言葉にすると余計にそう思った。
「え? ここに? 来るの?」
「うん、ダメ? すぐに帰るから。お見舞いだけのつもりよ」
本当に少し顔を見るだけで構わなかった。
「う〜ん、お見舞いね、ここにねぇ、いいけどさ、うん、まぁ、そうだね。それでもいいんだけどさ。でもやっぱり、今日はやめておこう。うつしても悪いしね。また連絡するからホントごめんね」
谷口はそれだけ言うと、電話はぷつりと切れた。谷口との約束があることを知っていた多恵子は、
「どうかしたの? 会えなくなったの?」と気にかけたが、
「風邪ひいちゃったんだって」
お見舞いさえも断られてしまったショックから、栞はそう答えるだけで精一杯だった。結局これでもう一か月近く会っていないことになる。
次回更新は5月12日(月)、21時の予定です。