【前回の記事を読む】朝から何を着ようか悩む栞。今夜は彼と初めてのデート――気分はまるでお伽話のシンデレラのようになっていた

アザレアに喝采を

Ⅱ 恋の歓び

拒食症の栞にとって揚げ物はタブー中のタブー。苦手どころか絶対に口にしないと決めていたものだった。けれど、恋の始まりのときめきは、あっさりとそのタブーを打ち破った。

串揚げを食べることに何のためらいも、太ることへの恐怖心もなかった。本当に不思議なくらいにそんなことはもうどうでもよかった。

「好き嫌いはあまりないから。何でも大丈夫」

栞は微笑む時に、谷口の目を見つめることを忘れない。こんな時にどう振る舞えば良いかくらいは栞にとっては容易(たやす)いことであった。

久しぶりに食べた揚げたての串揚げは薄衣で、肉も魚介も季節の野菜もどれもが新鮮で食材そのものの旨味が感じられた。

栞は心から美味しいと思った。谷口に勧められる通りに塩で、或いは特製のソースで味の変化を楽しみ、コースの最後のフルーツまで堪能した。

何を食べて何を残すかと考えながら食べることが長い間習慣となっていたのに、谷口との途切れることのない会話に夢中で、食べることにまで頭を働かせる余裕はなかったのかもしれない。

けれどお腹が痛くなることもなく、「食べる」ことに関して何もかもがもう普通通りだったことに栞は心から安堵した。

店を出て車に戻ると、谷口は助手席側に回って栞のためにドアを開けた。どうやらこの紳士的な振る舞いは最初の一度きりだけではなさそうだ。

「栞ちゃんと色々話せて本当に楽しかったよ。もしよかったらまた会いたいんだけど、いいかな、連絡するね」

「うん……」

谷口は助手席で小さく頷く栞にキスをした。その一連の流れはとても自然でスマートで、栞を有頂天にした。

―これはお伽話なんかじゃない、奇跡が起きたんだ。

理想のタイプそのままの人が突然現れて、恋が始まろうとしていることも、「食べる」ことについてもう何も考えなくなっていたことも、奇跡が起きたとしか思えなかった。

―奇跡って本当に起こるんだ。

栞は夢のような突然の幸せを一人そっとかみしめた。

谷口との出会いは栞をすっかり変えた。「食べる」ことであれこれ考えることはなくなり、普通に食事ができるようになっていた。