その代わりいつ電話をくれるか、今度はいつ会えるか、そのときは何を着ていこう、そして自分のことをどう思っていてくれるのだろうか、自然と谷口のことばかり考えるようになっていた。
「ねぇ、今度休みに『プリティ・ウーマン』観に行かない?」
就業後のロッカールームで美香に話しかけた。日本でも公開された直後から話題になっている映画だ。王道のシンデレラストーリーだと評判のその映画を、美香と一緒に観たら楽しいだろうと誘った。
「あー、ごめん、私もう観に行ってきたのよ。ヒロインのヴィヴィアンがどんどん素敵なレディになっていくの。お金持ちのエドワードがリムジンで迎えに来てくれて、夢のようなハッピーエンドよ。栞はほら、例のこの前の彼と行けばいいじゃない。また会うつもりなんでしょう? 自分からもどんどん誘わないとね」
「う〜ん、でも、会社の電話番号しか知らないから連絡しづらくて」
「会社だってかけてみればいいじゃない、そんなに遠慮してたら何も始まらないよ」
美香に言われて、栞は初めて谷口の勤務先に電話をしてみようと思えた。代表の電話番号だけではなく、ダイヤルインの直通電話も名刺には記されていた。
「アシスタントの女の子か俺か、どっちかしかとらないから、何かあったら電話してくれて構わないからね」
谷口には確かにそう言われていたが、仕事の立て込んでいる時に電話をかけてしまったらとやはり躊躇(ためら)われたので、これまで一度も栞からは連絡できずにいた。
けれど美香の言葉に背中を押されて、思い切って電話をかけることにした。まだ会社で仕事をしているはずの時間だった。呼び出し音の後、運よくすぐに谷口の声が聞こえた。
「あぁ、栞ちゃん、電話嬉しいよ。今夜電話したいと思っていたところだよ」
谷口の声は本当に弾んで聞こえたので栞はホッとしたけれど、次の休みは都合が悪いと映画は断られてしまった。
「でも、やっぱりすぐに、どうしても会いたいから、明日仕事の後で食事でも行きませんか?」
谷口の方から切り出してくれたことは、栞には嬉しい誤算だった。勇気を出して電話して良かった、谷口の性急でストレートな誘い方に自信を持ってもいいんだと確信した。
次回更新は5月10日(土)、21時の予定です。