【前回記事を読む】「あなたのことこっそり菊丸って呼んでたんだよね。まん丸い菊野さんだから菊丸」確かにあの頃はふくよかだったけど…本人に言う?

プロローグ――二〇二×年、夏

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わたしという人間は昔からずっとひとりだし、今ここにいるわたしも、もちろんひとりきり。にも関わらず、見る人によって、以前とあまり体型の変わらないわたし、以前より太ったわたし、以前よりやせたわたしが存在する。

たかだか見かけだけの話、とは言えない。むしろその逆だろう。たかだか見かけだけでも、それだけたくさんのわたしがこの世界にいる、ということだ。

ある時代、ある時期を切りとってそのなかをのぞいてみれば、そこには、その時代その時期にしか存在しない、そのときだけのわたしがいる。もしかしたら、今ここにいるわたしと一瞬前のわたしですら、すでにもうべつの人間なのかもしれない。

わたしという存在は、たぶん、そういう刻一刻と変わる断片を寄せ集めてつくられたモザイクみたいなものなのだ。

……なんてことをつらつら考えながら、わたしは、応接コーナーのソファで足を伸ばし、先生がつくってくれたレモンマートルのアイスハーブティーでのどを潤していた。

うーん、一気に生き返った心地。

薄藍(うすあい)の籠目(かごめ)文様(もんよう)が美しい江戸切子(きりこ)のグラスをテーブルの上でゆっくりとかたむける。

からん、と氷が鳴って、心に涼やかな風を運んでくる。

そう、ここはわたしのオアシス――じゃなくて職場、ひまわり探偵局である。

「朝からこれじゃ、今日はまちがいなく今年一番の暑さになると思いますね。まだ七月だっていうのに……。なんだかこの数年、どんどん夏の暑さが厳しくなってる気がするんですけど……。マジでこの季節、事務所に出てくるだけでサバイバルですよ」