「『エドウィン・ドルードの謎』……」

「おや、ご存じですか? さんきちさん」と先生がたずねる。

そう、わたしはここで〝さんきち〟と呼ばれている。わたしが差しだした名刺を見て、先生が三吉菊野の三吉を「さんきち」と読んだそのときから、この事務所におけるわたしの名は〝さんきち〟に決定してしまったのである。

最初は抵抗したその呼び名にも、今ではすっかりなじんでしまった。もし先生にあらたまって「三吉(みよし)さん」なんて呼ばれたら、反応に困ったあげくに「なにをたくらんでるんですか」と笑ってしまうだろう。

「あ……はい、まあ、聞きかじってるという程度で――」

少しだけカバーの色があせたそれと同じ本を、わたしは知っている。なぜかそのことをストレートには切りだせず、わたしは、ぼんやりした言葉でお茶をにごしてしまった。

「チャールズ・ディケンズの遺作ですよね。文豪ディケンズが挑戦した本格的な長編ミステリイ。けれど、完結を待たずにディケンズが亡くなってしまったせいで、ミステリイとしての真相も解き明かされないままとなってしまった……」

正直に言えば、わたしのこの小説に対する知識は、その要約でほぼ尽きている。

 

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