【前回記事を読む】私を見るなり、白昼にオバケと出くわしたような顔でぽかんと口を開いた同年輩の女性「え? え? もしかしなくても菊のすけ?」

プロローグ――二〇二×年、夏

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すっかり脳内の辺境(リンボ)に追いやっていた記憶がよみがえる。ひとり暮らしをはじめた大学一、二年のころ、わたしは不摂生を絵に描いたような生活をしていて、今以上に身なりや容姿に関心をはらわなかった。ぶっちゃけ、ズボラのきわみだったのである。

その結果というかなんというか、けっこうふくよかな見た目だったのだ。

「え……そうかな? 自分ではそんなに変わらないつもりなんだけど」

「いやいや、変わったよお。だってさ、最初はあたしたち、あなたのことこっそり菊丸って呼んでたんだよね。まん丸い菊野さんだから菊丸。でもそれじゃ露骨すぎでしょ、ってことになって、じゃあ、菊のすけにしようってなったんだもん」

初めて明かされた衝撃の事実――いや、確かにあのころぷっくらしてたかもしれないけど、さすがにそんなあだ名で呼ばれるほどまん丸じゃなかったよね。ていうか、そういう話は、一生本人には言わないままにしておくものなんじゃないかな……。

心のなかでそうつぶやきながら、わたしは「そうだったんだ。菊丸かあ。なんかかわいいね」と(頬(ほお)をひきつらせて)笑った。

「でしょでしょ? わたし、断然〝菊丸〟推しだったもん」大きくうなずいた牧野島さんは「あ、それより聞いて聞いて。ほら、あのころよく行ったフルーツタルトのお店があったでしょ? それがさあ、超びっくりなんだけど――」と早くも次の話題に移る。

結局彼女は、言いたいことだけを言い、たがいの連絡先の交換も怠(おこた)りなく済ませると、すっかり満足した顔になって手もとのスマホ画面に目を落とした。

「うそ!? やば! もうこんな時間!?」