その人間のはしくれに生まれてきた以上、わたしという存在もまた、当然のごとくそういう関係性の網の目に投げだされ、人と人とのつながりのなかで自己形成をしている。

もちろん、日常生活のなかで、そんなことをいちいち意識したりはしない。けれど、たわいないちょっとした瞬間に、不意打ちのようにそれを思い知らされることがある。

そう、今日のできごとのように。

自分で言うのもなんなのだが、世間さまが言うところのアラサーに足を突っこみ、年相応にオバサン化したとはいえ、少なくとも体型に関して言えば、今も中学高校のころとそんなに変わらない。だから、当時の同級生とたまに顔をあわせると「体型が昔のまんまとか、それってずるくない?」と言われ、ちょっとだけ得意な気持ちになったりする。

逆に会社員だったころは、メンタル的にヘビーなことがいろいろあり、一時期は病気を心配される一歩手前ってくらいに体重が落ちていた。なので、当時のわたしを知っている人に会うと「あれ? ちょっとふっくらしたんじゃない?」と言われる羽目になる。

わたしが見た目にふくよかだったのは、本当に大学時代の一時期だけで、わたしの二十うん年の人生のなかでは、わずか数年の例外的な期間なのである。

ところが、当時のわたししか知らない人からすれば、そのときの姿こそが、わたしのイメージのスタンダードなのだ。だから、今のわたしの姿を見て「なんだかシュッとしたね」とか「スマートになったよね」と驚くことになる。

 

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