ため息をついてから、「いっそこの事務所にもテレワークを導入しませんか? 働き方改革しましょうよ」と適当な思いつきを口にしてみる。

すると先生は、張りだし窓に置かれたインパチェンスの鉢植えにじょうろで水をやりながら「ぼくは、この事務所にくることで健康を維持してるんですけどねえ」と笑った。

「先生はそうかもしれませんけどね。仕事する人間の身にもなってください」

ぶつぶつとぼやきつつ、わたしは、本を物色するために窓際の本棚へと向かった。

仕事と言いながら、さっきから思いっきりくつろいでるだけじゃないか、というツッコミも聞こえてきそうだが、さにあらずだ。探偵助手として本格的な仕事モードに入るには、念入りな精神的ストレッチが不可欠なのである。

なにを隠そう、わたしは、天下にその名をとどろかす〝 なんか丸い名探偵〟陽向(ひなた)万象(まんぞう)の一番弟子、人呼んでスーパー探偵助手、三吉(みよし)菊野(きくの)。

なんか丸いってなんだよ、とよくツッコまれるが、とにかく丸いのだからしかたない。見た目も、表情やしぐさも、雰囲気も、声も、日々の生活も、行動の流儀も、ものごとの考えかたも、洞察力も、論理構築のメソッドも、なにもかもがゆるくて丸い。

なんか丸い、という言葉には、そのすべてが集約されていると思ってもらいたい。

かくいうわたしも、先生の事務所であるひまわり探偵局に〝えいや!〟と飛びこみ、押しかけ助手になってから、かれこれ一年半。先生の右腕とまではいかなくても、人さし指の先くらいには役だつ存在になったんじゃないかな、と自負している。

文庫本が並ぶ棚の前に立って身をかがめたわたしは、ふだんはあまり食指が動かない、マニアックな翻訳ミステリイの列を右から左へとながめた。その目が、黄色い背表紙の上でとまる。そのまま誘いこまれるように、わたしはその本に指をかけていた。