【前回記事を読む】ごんぎつねの舞台地、新美南吉記念館を訪ねる。残した作品の数々に込められた、早くに母を亡くした南吉が書き出す哀しさ―。
遠野物語
お堂の外の庭に、岩手県の代表的俳人小原啄葉の句碑があった。
語部や川のほとりの春障子 啄葉
当時の岩手の風土の厳しさも愛着も沁みついた作者に、もう一つ私の好きな句がある。
雪女くるベをのごら泣くなべや 啄葉
遠野伝承園を出てから桑畑の間の路を歩いてほど近い場所のカッパ淵を訪ねた。林間の小さな流れの端に河童の像が立ち、その傍らに何本もの釣り竿が糸の先に胡瓜を結び付け立てかけられていた。
私のように遠野を訪ねた観光客が、釣れる筈のない河童捕獲の釣り糸を小川に垂らし、決して甘いお伽噺では無い遠野物語の世界にしばし思いを寄せる為の趣向だろうか。傍らにまた句碑を見つけた。
河童淵秋色秋声流しをり
高浜虚子五女高木春子とあった。
早池峰山の麓、遠野の静かな田園を抜ける風の中に、座敷童子も、天狗も、河童も、狼も、今も隠れて息をひそめているような、そんな感覚を持つことのできた旅であった。
語部や川のほとりの春障子 啄葉