【前回の記事を読む】つかの間の休息。弁財天の奏でる琵琶の音に酔いしれるが、突然の雨風と共に現れる敵の名は……
第一章 天界で奪われた三種の神器
「弁財天さま」牛馬がいった。「私たち十五童子、力を合わせてできる限りのことはします。傍らに徳を待機させておきますので、くれぐれもこの場を動かぬようお願いいたします」
数こそ十五人もいるが、逆立ちしても童子は童子である。各々特殊な能力を持ってこそいるが、武に長けた者がいるでもない。それでも使命を果たすため、十五童子は策略を練り始めた。
一歩前に踏み出したのは、長寿を司る神であり宝剣を持つ生命(しょうみょう)童子と、愛情を司る神であり弓矢を持つ愛慶(あいきょう)童子であった。童子でありながら、弁財天を守るため、健気に立ち向かっていった。弁財天は傍らの徳を撫でながら、固唾を飲んでふたりの姿を見守った。
先陣を切ったのは愛慶だった。愛慶の持つ弓矢は、そもそもが恋慕の情を起こす際に使うものであったが、こんなこともあろうかと携えていた毒を鏃(やじり)にたっぷりと塗り、三邪神に向かって立て続けに矢を放った。
轟々に放った矢は、分厚い表皮に跳ね返されてしまった。
瘧壓に放った矢は、表皮に刺さったように見えたが、そのまま体内へ吸収されてしまった。
蜚流布に放った矢は、そのからだへ到達する前に蜚流布自身の口から吐き出された深緑色の唾に絡めとられ、溶けてしまった。
「矢が効かぬというのか」
愛慶はそういって絶句した。顔は蒼白で、肩を震わせている。
「生命よ。やつらに弓矢が刺さらぬのなら、おそらくそなたの剣でも斬れまい。宝剣を鞘に納めよ」
「しかし、牛馬……」
「生命よ、よく聞け。我らの使命は弁財天さまを守ることじゃ。無駄死にはならん。皆よ、弁財天さまを牛車に乗せよ。退却するぞ」
十五童子はきびきびした動きで弁財天を牛車に案内した。
「牛馬よ、仁はどうする」
すでに牛車の軛(くびき)に手をかけている船車がいった。仁は白狼の片割れである。三邪神の攻撃によって地べたに叩きつけられたが、どうやら一命は取り留めたようである。
「私がようすを見てくる」牛馬は口を真一文字に引き締めた。
「しかし、仁は三邪神のそばに寄らねば助けられぬぞ」船車が大声を出した。
「皆よ。三種の神器を持って、三邪神を引きつけてくれぬか」
十五童子たちは、口々に「おう!」と声を発した。徳は、相棒の窮地に不安そうな表情を見せている。
「三邪神よ、三種の神器はここじゃ」酒の神であり三種の神器のひとつである草薙剣を(くさなぎのつるぎ)持つ酒泉童子が、大声を張り上げた。
後方には、悟りの神であり八咫鏡(やたのかがみ)を持つ印鑰(いんやく)童子、商売繁盛の神であり八坂瓊勾玉 (やさかにのまがたま)を持つ金財(こんざい)童子が待機している。そのようすに三邪神は目を光らせ、足を向けた。
「今だ」
牛馬は仁に向かって駆け出した。足元に近づくと両腕で仁を抱え上げ、こちらに戻ってくる。牛馬は俊足で、あっという間に弁財天のもとに戻ってきた。