第一章 天界で奪われた三種の神器
聖山の麓に着いたのは薄暮れどきであった。
十五童子は大木の下に陣取り、松明に火を灯し、弁財天の寝床をこしらえた。弁財天のように位の高い神であれば、従者に建材を運ばせ、夜ごとに組まれた建屋の中で寝ることが常道である。
しかし、弁財天は十五童子の荷を増やすまいとして、十五童子と同様に筵(むしろ)を敷いて寝ることを提案した。
十五童子たちは弁財天の心遣いにいたく心を動かされたが、さすがに筵一枚では心苦しいということで、藁の上に絹織物を重ねて寝床をこしらえることにした。
春とはいえ、夜は冷える。松明の火を絶やさぬようにするため、十五童子は交代で眠ることになった。火の番をする童子の傍らに、兎の干し肉を食べた二匹の白狼が目をつむって寝そべっていた。
食物授与の神である飯櫃(はんき)童子の用意した食事を終えた弁財天は、すぐに横になった。天には満天の星空が広がっている。
弁財天はその美しさに着想を得て、琵琶(びわ)を奏で始めた。その音色はやさしくも哀愁を帯びており、十五童子の中には落涙する者もいた。
ひとしきり琵琶を弾いた弁財天は、心地よい疲れに包まれて眠りに落ちた。何やら顔に冷たいものが触れた。その瞬間、弁財天は目を覚ました。雨だった。
「弁財天さま、雨にございます」
声をかけてきたのは、火の番をしていた牛馬であった。弁財天は起き上がり、大木にぴたりと寄り添うようにして雨を凌いだ。
青々と茂る葉のおかげで濡れずに済んだが、次第に風も強まってきた。
「この時期に嵐とは、めずらしいこともあるものです」
牛馬は落ち着いた口振りでいい、弁財天の頭上に天蓋のような傘を掲げた。弁財天は木陰にじっとたたずみ、雨がやむのを待った。
しかし、次第に雨は横殴りとなり、天蓋は意味をなさなくなった。急に風が生暖かくなった。牛馬が眉根(まゆね)を寄せた。
「何やら不穏な気配がします。弁財天さまはこちらに来てください」
弁財天は大木を背にし、その前方に半円を描くように十五童子が陣取った。
「禍々(まがまが)しい空気だな」
牛馬がぽつりとつぶやく。風雨はますます激しくなった。弁財天も十五童子も着物はずぶ濡れだった。
二匹の白狼は歯を剥き出し、漆黒の闇に向かって唸っている。
「弁財天さま、風雨が激しくなってきましたがしばしお待ちくだされ。今、不用意に動くことで命取りになるかもしれませぬ」
牛馬は二匹の白狼のからだを撫で始めたが、唸り声は一向にやむ気配はない。
「あの闇の向こうに何者かがいるのかのう」
「もしかしたらそうかもしれませぬ」