【前回の記事を読む】「検査結果次第で、余命は1年。」先生から聞いた妻の病状…妻は聞きたがらなかったし、私も話したくなかった。

2015年

9月26日(土)
アランフェス協奏曲

13時半にあい子と二人で良子を訪ねた。

病室に入るなりバンザイをした。

「何、それ?」

私は黙ってもう一度バンザイした。

「死なんですんだ、いうの?」

「大変だったんだよ。帰ったらゆっくり話してやる」

「胃はきれいだったみたいや」

「それは聞いた」

昨夜、良子に内緒でA先生から聞いたことは、ほぼ全体を良子も承知しているようであった。

大腸にあるコブががんであることも分かっていた。昨日聞いた退院のこと、PET-CT検査の予約を取ること、30日の注腸検査その他、記入すべき書類を既に持っていた。

つまり、隠すものは何もなかった。

A先生は昨夜、説明のあとで、「以上のことは奥さまに話してもいいですか?」と私に確認した。私は、「先生からお話し下さい」と同意した。しかしそのときは既に、良子には話していた可能性が大きい。それとも昨夜、私への説明のあと、夜遅く、良子に話したのだろうか。今日先生は非番のはずだからである。

残された最大の懸案は、大腸以外のがんの存在である。

それはクリアされるとして、大腸がん手術の方法がある。開腹手術と内視鏡手術の選択である。その長所短所は、10月7日に詳細な説明があるのであろう。

「予定通り音楽会に行くよ」と良子に言った。良子は勿論承知した。

すみだトリフォニーホールで夕刻6時開演の、ファン・マヌエル・カニサレスというフラメンコ・ギタリストのコンサートがあった。“カニサレス・フラメンコ・カルテット”というもので、セカンド・ギター、男女各一人のダンサーがメンバーである。ダンサーは、カスタネット、カホン、パルマという民族楽器も奏する。

カルテットの演奏が前後にあって、中間に、カニサレスのソロで新日本フィルハーモニーと共演の、『アランフェス協奏曲』(作曲、ホアキン・ロドリーゴ)があった。私の眼目は『アランフェス協奏曲』であった。