【前回の記事を読む】意識なしで病院に入った彼女を、担当医は割と短い日数で「ドライにした」そうだ。…私も「ドライ」にされたい。
第二章 2012年~2014年
2月27日(月)
妻より先に死にたい
私の妻はいわゆる弱視で、鏡の中の自分がぼけて見える。だから化粧をほとんどしたことがない。口紅が塗れないのである。「(口紅が)1本あれば10年持つわ」なんて言っている。70近い今迄、顔にものを塗っている姿を見たことがない。白髪を染める気も更々なさそうである。
美人でない。しかしきれいな女だ。
私がそのことに気付いたのは、結婚して30年も過ぎた頃である。
それほど弱い視力の女が、旅先の路辺にある小さい花を、よく見付ける。
「きれいなものは見える」
という。
年を経るにつれ、この女への愛おしさが深まる。
何か、私の中のものが彼女と溶け合い、彼女が私の内部にいるように感じる。
この女に先立たれたら、私は、どうしよう。
見当がつかない。後を追うかもしれない。
ただひたすら、俺より先に死ぬなと願う。