「先生!」
一同がカイを見る。平山が隣の席の吉見に小声で訊く。
(何だ、あいつ)
(渡辺殿が連れてきた下級武士だそうです)
吉見は仏頂面で答えた。落ちたな、洗心洞も。ここいらが辞め時か。ふたりは同時に匙を投げた。吉見も河合も同心の家系だ。その上司である与力OBが教えるこの塾に仕方なく通ってはいたが、教えが異端過ぎて違和感を感じていたのだ。
「カクメイって、どうやるんだ……ですか?」
わが意を得たり。平八郎はにやりと笑って答えた。
「必要なんは、まず力やな」
「力だけ? 侍ってのは、タイギとかいうのも欲しがるんじゃないのか?」
「大義か。時と場合によるな。大義、正義はあくまで手段。まずは目標をこれと定めて、そこに向けて力を吐き出すこっちゃな。要は具体性や。『義』などという漠然としたものに振り回されとっては、ひとを救うことはできん」
この人はやはり普通の侍とは違う。義だの礼だの忠だのは眼中にないようだ。こういう学問なら習得したい、とカイは思った。
次回更新は3月8日(土)、11時の予定です。
【イチオシ記事】ずぶ濡れのまま仁王立ちしている少女――「しずく」…今にも消えそうな声でそう少女は言った
【注目記事】マッチングアプリで出会った男性と初めてのデート。食事が終わったタイミングで「じゃあ行こうか。部屋を取ってある」と言われ…
【人気記事】「また明日も来るからね」と、握っていた夫の手を離した…。その日が、最後の日になった。面会を始めて4日目のことだった。