約束のアンブレラ
七
鳥谷は話を戻すように息を吐いた。
「久原真波さんの失踪事件を複雑化させた理由の一つが、人の持つ固定観念だ。多くの人間が幸せの絶頂になぜ消えたかと考えたが、本来、久原真波が幸せだったということに何ら確証はない。世間一般的にそう見えるだけの話だ。この一連の事象を俯瞰的に見ることから始めようか。おそらく彼女は流産していた」
「流産ですか、そんな情報は」と突拍子もない発言に焦りを見せた。
「腹部に小さな傷があった。救急処置や手術を受けた痕跡で間違いない。つまりプロポーズをされる時点ですでに妊娠はしていない状態だった。久原真波は言い出せずに想い悩んだ末に、思い入れのあるこの藤山に引き寄せられた」
「なぜ言えなかったのでしょうか」
「真意はわからないが、言うタイミングを逃してしまったのか、楽しみに待つ恋人を前にして言えなかったのかもしれない。その気持ちはわかる気がするよ」
「鳥谷さん、あともう一つご報告があります。以前から捜査本部の木嶋さんの指示で産婦人科や入院履歴を確認していたようなのですが、担当した看護師から新たな情報を聞いたと」
「どうした?」
「その流産したとされている、横川淳一と久原真波の子どもですが当時から名前を決めていたようです。性別は女の子、その子の名前は雫(しずく)です。横川雫、そう名付けると夫婦で決めていたと。体が小さいと言われていたその子に、一滴の雫でも集まれば大きな流れを生むという想いを込めたと」