約束のアンブレラ
八
安物のビニール傘に銃弾のように雨が落ちてくるのを、身を寄せた体全体が感じていた。周囲の気温も一気に冷え込み、全員が体をさするような姿勢をとった。
「だから昨日ではなく今日だったのですか。当時の状況を作るために」
頭をさするようにして、三好が傘の間から声をひそませる。
「毎年、この時期に静岡県藤市の藤山を中心に襲う三日間に渡る局地的な大雨。年の暮れに悪霊や災いを洗い流すという神聖なもので、神々の山だと言われる由縁の一つです。そして今日がその最終日。私たちはここで知る必要があります。なぜ久原さんは消えたのか。そして」
「なぜあの絵を描いたのか、ですか」と首に巻いたマフラーに手を当てながら、栗林も凍えるように声をあげた。
「そうです。この状況は、あの絵と比べてどうですか。久原さんの十三年前に描いた卒業制作『藤山』です」
周囲を大きく見渡した栗林も大きな声で吐露した。
「ええ、まさにこの画角でした。この大通りに面して見る雄大な藤山と、この降り頻る強い雨。でも一つだけないものがあります」
「赤いコートの少女ですね」
そう鳥谷が話を割るように付け加えると、全員が首をこくりと縦に振った。
「この状況ですので手短に話しましょうか。二つの事実からお伝えさせてください。まずはその少女についてです。十三年前の絵に描かれている赤いコートの少女と、私が昨日出会った事件の第一発見者の赤いコートを着た少女は全くの別人です。
絵に描かれているのは久原さん本人、そして昨日、出会ったのは雫という少女です。そして横川さん、残念ですが亡くなったのは久原真波さんで間違いありませんでした」