シャワー室を出て廊下を右に曲がり、自分の部屋へ戻ろうとすると、四一六号室の前で三人の男達が立ち話をしていた。二人のスーツ姿の男達はこちらに背を向けているが、今朝、蒼と一緒にいた連中に間違いない。

その二人の間から向こうに見えるのは昨夜廊下であった金清だった。二人の男達は程無く会話を終えると、「じゃあ、またよろしくお願いします」と深々とお辞儀をすると、海智の横を擦り抜けて去って行った。

「おう、海智君じゃないか」

金清は右手を少し上げて、屈託のない笑顔を見せて言った。

「何で下の名前を知ってるんですか」

「いや、君の部屋の前のタッチパネルを押してみたら、小瀬木海智って出てきたからね。海の知恵っていい名前だよね。お父さんは漁師かい?」

入院した時に部屋の前のタッチパネルを氏名非表示で希望しておけばよかったと彼は今更ながら後悔した。それにしても、こんなに短い間に他人のフルネームを覚えるなんて何て抜け目のない人間なんだと妙に感心してしまった。

「父は飲食店勤務です。それより、さっきの人達は誰ですか?」

「ああ、あれは県警の人間さ。昨夜死んだ中村大聖と一緒に運ばれてきた高橋漣っていう奴がいるだろ? そいつの父親が有力者で県知事と懇意らしくてね。中村大聖の父親が高橋に相談したら、すぐに県警まで連絡が来たらしい。

それでわざわざあの二人が調査に来たってわけだ。勿論、医療事故だから警察の出る幕じゃないってことは重々承知しているのさ。ただ上から言われたら調査しないわけにはいかないからね。念のため遺体も確認したけど外表異状もないから解剖も無しだそうだ」

「随分詳しいですね。ひょっとして金清さんは警察の方ですか?」

【前回の記事を読む】トイレから泣き声が聞こえて…ドアを開けたら、親友が裸で泣いていた。あの三人はもういなかった。服は遠くに投げ捨ててあった

次回更新は2月9日(日)、11時の予定です。

 

【イチオシ記事】喧嘩を売った相手は、本物のヤンキーだった。それでも、メンツを保つために逃げ出すことなんてできない。そう思い前を見た瞬間...

【注目記事】父は一月のある寒い朝、酒を大量に飲んで漁具の鉛を腹に巻きつけ冷たい海に飛び込み自殺した…